新しい教科書の反面、“指導観”をもつことの大切さ

機会があって、小3年生の国語の教科書をみる。
もう30年来「光村」のファン。光村じゃないものを使っているところに
いや、光村に限ると進言したことも・・

はぁ? ハナモゲラ・(山下洋輔)・・・な、なにぃ?
単元名は・・・どこ・・・はぁん?右下・・算用数字・・
2 読んで,かんそうをもとう・・・ってBlogのテーマかい!!

あまりの情けなさに、がっくりグリコーゲン・・・

横文字文化もいいよ、でも小学校の国語教科書だろ!!!!
なんか違うんだなぁ・・(「臨場」風に)「俺のとは違うんだよなぁ」
そのとき思いました。あっ、オイラは辞めどき間違ってなかった、って。
こんな教科書で指導するなんてプライドが許さない。

【国語観】教師にはそういう指導観ってすごく必要だと思うのです。

話はそれますが、「17歳の教科書」って本あります。
私はあれ読んだとき、改めて教科指導観をあらためた覚えがあります。


【国語観】
話すとすごく長くなりますが(ねぇ担当した初任さん・・)
一言で言えば「国語は群読指導」に尽きます。
なんだかんだとへたに読み取らせようとする授業なら、
「友だちと声を合わせてスピーディに」群読を5回やる授業の方が、よほどタメになる。

また話がそれますが、
教員は良く物語文指導で「この主題は、作者の言いたかったことは」って授業をします。
ある機会を得て、
あさのあつこ先生と三浦しをんさんの対談パネルディスカッションに参加したのですが
あるとき、自分の文章が試験問題に採りあげられ、
「作者の心情は?」と選択肢があったが、自分でも答えが見つからなかったって話。
もうおかしくておかしくて、そんな授業に心当たりのある自分にも
ちょっぴり情けなくて、おかしくて・・・
お二人がおっしゃるには、「作家は読者に伝えたい主題があって書くことは100%ない」
(あれっ?100%っておっしゃったかな・・・)

それから、「物語文」と「説明文」のそれぞれの指導パターンをしっかり確立させて、
子どもにも分からせて、いずれ読書は一人学びの世界なんだから、
そのとき役立つような指導をすべき。

読書は「目に見えない学力」、言語指導は「目に見える学力」
親は、とりあえず目に見える学力を願っているのだから、たとえば漢字指導には
工夫を重ねて、子どものモチベーションを上げて、達成感・満足感を得させるようにすべき。


指導観、実に大切なこと。
「なっ、日本語って美しいだろ?」とか
「これが、数学の美しさ、実に美しい!」とか
「社会は調べる、頭を回す」とか
「ねっ、こんな面白いことが、みんなの身の回りにあるって素晴らしいだろ」とか
「Just feel! 難しいなんて考えちゃダメだよ」(英会話)とか
「歌が心を支えてくれるんだ」とか
「もつづくりの心、日本人の心」(図工)とか
「もっとてきぱきと動けるようになるために、体育を勉強してるんだ」とか

そういうセリフを言えるだけでも、それは指導観
「センセー、何言ってるの?」なんて言われても、
「そのうち気づくのさ」とスキップ踏めばいいのです。


小2算数の研究授業指導案で
「これが三角形の美しさだと話したい」って指導観に盛り込んだら
教頭から削除のしるし。でも、書きました。
だって、それが私の指導観なんですもん





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プロフィール

923kobo

Author:923kobo
1957/3生 
群馬県邑楽町在住 
20代に作陶修行後、
栃木県教員生活を経て
再び作陶家を目指す

本邦初 焼きものの
移動販売始めました
毎月1日・17日
第1日曜・他
 地元邑楽町
 石打こぶ観音様境内

月~金曜:工房にて作陶
週末は
<青空個展>主催の
 東京都内のイベントや
高崎・藤岡辺りのイベント
または上記の
こぶ観音様出店

2月/8月には
洋画家の友人と
『二人展』を開催

コンセプト:
「うつわも楽しむ文化のため
 の楽しめるうつわの制作」

趣味:jazzを工房にかける
   on twitter「923工房」
   男の厨房
   愛犬ラブと朝散歩

「仕事が暮らし、
  暮らしが仕事(^^)」

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