見える学力、見えない学力

2011/07/06
「見える学力、見えない学力」
これ相当昔になりますが、どこかで聞いて心に残る言葉です
たしか、読書が好きな子には数字に現れない学力がついている、という話でした

私は、この“見えない学力”という言葉を都合良く使っていた覚えがあります
「大丈夫ですよ、○○さんは読書量が多いですから、
 数字には表れない“見えない学力”が付いています」
しかし、そんなこと見えない不確かなものなわけですから、無責任ですよね

親御さんが求めているのは確かな“見える学力”
短絡的に言えば、それは100点の、とまではいかなくても平均点以上の点数なわけです

本当は、見えない学力の方が、姑息な学力より必要なのは教員はわかっているのですが・・
それを一般の親御さんに理解してもらうのは難しいし、
理解させるための話は、無責任な話になってしまいそう・・・

だから、見える学力を見せてやれってこと
それは、昨日ブログに書いた記事と関連するのですが
テストで100点をとらせること、いやとろうという意欲をもたせること
それが“見える学力”への道、なのではないでしょうか

そのために、昨日の記事でもちょっと触れた「授業での豆テスト」
これ有効だと思います。「小さいことは気にするな~」なんて言葉もありますがとんでもない
小さいことから成功体験で、学力という自信が身に付いていく
オススメは「漢字豆テスト」 漢字の習得率ほど“見える学力”になるものはありません
①予告をする。明日はこの3問の漢字テストをする、と
 多くても5問、もしかしたら5問だと負担不安な子もいるかも知れません
 5問で失敗して、じゃあ3問で、というのも良いかも
 もちろん出す漢字も教える。連絡帳には、宿題:書けるようになるまで練習、とします
 漢字練習帳に2行、なんて指定してはいけません。あくまで、書けるようになるまで
②始めに「必ず書ける!」と挑戦意欲を刺激して開始
 時間は1分もあれば良いでしょう。教師の範例で丸付けは本人でも
③これなら、クラス全員満点は目指せる。
 達成できれば、給食牛乳の乾杯、てな具合
 続ければ必ず漢字習得率は上がる
 
ついついいきなり20問とかやるから、ダメな奴は自信を無くしやる気も失せる
私なんか、面倒だ、と期末にいきなり100問とかやってたこともあります
3問なら「俺にもできるかな」となるものです。
続ければ、期末の50問、100問も、子ども達は喜んで力試しをしようとします

ま、こんなこと、教師の間では常識なのかも
でも、実際に実行できるかしないかの境はあるのです
ああ、こんなの家で親御さんがやるのも良いですよ
いや、先生がやってないのなら、ほらお母さんお父さん出番ですよ

ついでに話すと、私の経験上「漢字習得率の高い子は99%優秀」
ごくまれに、漢字だけは良いんだけどね、っていう子もいたかな・・
でもあの子も、他も平均以上でした。漢字に比べるとねえ、あと一歩だよなあ

でもそう見られることは、どっちかといえば幸せなのです
がんばれる力をもってるってこと
“見える学力”があるってことですから


テストは100点を目指させる

2011/07/05
テストってのを学校ではします
教師とすれば、それは評価テストであって、その時間の「授業意識」はないような
(もちろん授業時間としてのカウント(教育委員会への報告)はするのですが)

それってちょっとおかしいんじゃないか、そう感じます
初任さんには「テストも授業として成立させよう」ってことを言ってました

それには子どもに、テストでのめあてをもたせること
それ以外にありません。 
◇テストは必ず予告をする、適当に詳しく、
 子どもが予習というか復習ができるように
◇直前にはこう話します
 「いいかい、目指すのは100点だよ。みんななら必ず100点がとれる。
  みんな習った問題だ。よく読めば必ずわかる。思い出せる。
  必死に記憶の引き出しを探しなさい。頭の中のどこかの引き出しに必ず答えはある。
  絶対100点をとるんだと思いなさい。強く願えば、必ず叶う」

めあてというか、モチベーション、子どものやる気、挑戦意欲の引き出しということでしょうか
そこを与えてあげることができれば、子ども達は目を輝かせ、頑張ります。
これでもう授業と同じです。目指すことをもって真剣に取り組む、すなわち授業です。

でも、言うまでもありませんが全員100点なんて叶うことは滅多にありません。
(授業の漢字豆テストで全員が満点という経験を積ませることは必要かも知れません)
そこで、テスト返しの時にこう話します
「みんなよく頑張ったね。このテストで100点をとりたいっていう気持ちは
 丸付けをしていて良く伝わってきたよ。
 しかし、残念ながら全員100点ではなかった。
 でもね、本当に大切な事、一番大切なことってのは
 “同じ間違いは繰り返さない”ってことなのさ。」
 
この子ども達も残念ながら将来、数々の試験に直面する。
全力が出せるように、今のうちから鍛えておく。
あきらめムードのぼーっとした眼差しで試験に向かわせるのは
そりゃその子の将来、ひいては日本の将来にも関わるのです。

「ハイ、始め」「ハイ鉛筆を置いて!」なんて
学校の授業ではありません。



追記:折角の機会なので、私がテストに関して心がけていたことを
①テストは必ず予告する、予告してないテストは止める(信頼関係が崩れる)
②1日3枚以上のテストはしない(親の信頼を失う)
③「テスト3日」といって、3日以内に返す
 (これ以前私自身が子どもと約束していたもの、子どもからの提言がもと)



チャイムを鳴らせ

2011/07/04
久しぶり 小出しに小出しになんて言っても こりゃサボりだな

さて、もし小さなチャイムがあればつけたいなあと思うのです。
twitterでは以前紹介したのですが、元教員のなごりで
1日をam8時からpm6時まで2時間ごとの5工時に分けて工房活動し
その計画と記録をつけているのですが・・・

学校は、いつの頃からか「ノーチャイム」などという流行があり
毎時定刻に鳴らす学校は少なくなりましたねえ
7年前になりますか 野s教頭さんが
「どうして文明の利器を活用しないのかねえ」
とおっしゃったのが忘れられません。全く同感。

「ノーチャイム」聞こえは良いけど
それは、教師側の御都合主義に他ならない
だからご覧なさい
1校時開始時刻になっても、朝の歌だの朝から説教だの横行です。
子どもには「時間を守りなさい」、今月のめあては時間を守ろうです、
なんていっても、お隣は2校時途中で5分休みになるわ
「悪いね、ここまでやっちゃおう」なんて授業時間を延ばすわ
全く教師に都合の良いようにある「ノーチャイム」

私は、「授業は45分で勝負するもの」「何が何でも開始時刻は守る」
そう初任さんには指導してきました。
じゃあお前は担任してたときはどうだったんだよって言われそうですが
「ノーチャイム」が横行し始めてからは、意識はしてましたけどねえ。

45分ごとチャイムを鳴らす。
これは学校にとって必要不可欠なものだと思うのです。
もし、鳴らなくても、教師は開始と終了の時刻を守る、
その姿勢は、子どもに見せなくては
時間を守れ、なんて子どもに言えないでしょう。

ま、今の工房生活では堂々と言えないけど・・
ここは学校じゃないもんね。
プロフィール

923kobo

Author:923kobo
1957/3生 
群馬県邑楽町在住 
20代に作陶修行後、
栃木県教員生活を経て
再び作陶家を目指す

本邦初 焼きものの
移動販売始めました
毎月1日・17日
第1日曜・他
 地元邑楽町
 石打こぶ観音様境内

月~金曜:工房にて作陶
週末は
<青空個展>主催の
 東京都内のイベントや
高崎・藤岡辺りのイベント
または上記の
こぶ観音様出店

2月/8月には
洋画家の友人と
『二人展』を開催

コンセプト:
「うつわも楽しむ文化のため
 の楽しめるうつわの制作」

趣味:jazzを工房にかける
   on twitter「923工房」
   男の厨房
   愛犬ラブと朝散歩

「仕事が暮らし、
  暮らしが仕事(^^)」

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